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zoom RSS 議会傍聴席の芸能人

<<   作成日時 : 2018/06/25 22:31   >>

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今日の議会の傍聴席に懐かしい芸能人が来ていた。その人とは30年ほど前に悲し過ぎるエピソードがあった。「本日、傍聴席に××さんが来ています」。その人の名前を議席で聞いた途端に思い出してしまった。その悲しきエピソードを。以来その人とは二度と仕事をしなくなった。それは私が結婚し長男が生まれた頃のことだった。私の人生の背景には、笑っていいとものレギュラーを自ら辞めて、テレビ朝日の山城新伍さんのクイズ番組に出始め、生まれたばかりの子供の為にも懸命に仕事をと頑張らなくてはならない状況が有った。その人とは互いに笑っていいとものレギュラーをしていたので話も合った。私の出ていたクイズ番組の隣のスタジオでは当時の超人気スター欽ちゃんの番組が収録されていてその人とは楽屋やメイク室、トイレ等で良く話をした。やがて笑っていいともの青年隊に居た野々村真のマネージャーだった笠本氏が独立し会社を興したので二人とも営業の仕事を任せることになった。当然、一緒に何度か仕事をするようになった。鴨川か勝浦のホテルの仕事の帰りにこの人からとんでもない非常識なことをされ、それ以来ご無沙汰をするようになった。笠本さんに「一緒の仕事はしません」とお断りをした。その営業の帰り「チョッと話があるので千葉駅で食事をしない?」と誘われた。私は夜も遅かったので「早く家に帰り赤ちゃんの顔を見たい」と断った。「今日は本当に良い仕事をした。一杯やろうよ!」と言うので不思議に思った。それまでのこの人がこんなに強く私を誘ったことは無かったからだ。「お子さんが生れたお祝いもあるしさ」等と強引に私を誘ってきた。千葉駅の近くの線路の下、モールの地下階だったと思うが小さな食堂に入った。「取り敢えずビールで乾杯!お疲れ様でした。良い仕事をしたね。ウケたね」等あり彼は本題を話し始めた。非常識な有り得ない話をし始めたのだ。「あのね!ここに今日のギャラを笠本さんから預かってあるんだ。プリティさんの分もね!」。私はここで最初に呆れた「何故私のギャラをこの人が持っているんだろうか?」と。帰路の道中幾らでも私に渡す時間は有ったのに何故ここでだろうか?と思った。そして更に驚きの話は進んで「悪いと思ったけどさ中を見た。あなたのギャラを見せて貰った」また驚きだ。「勝手に人のギャラの中身を見るなんて何て先輩なんだ」と怒りが出た。「俺はさ!芸能界の先輩だよね。歳も上だしね。それなのにギャラが同じなんて可笑しいよね。ね!そう思うでしょ!」呆れるばかりの自論は進んだ。私はこんなバカな非常識な先輩を尊敬して一緒に仕事をしていたんだと自責した。「あのまま帰れば良かった」と悔やんだ。私の心情も考えずにその人は話を進めた。「きっと笠本さんが入れ間違えたんだよ。どう考えてもバランスが悪い」と言いながら私のギャラの入った袋から万札を抜き始め「これをこっちにこうしたらバランスが良くなるよね?」と言いながら抜いた万札を自分のギャラの方へ加えた。「これでも二人の芸歴を考えたらおかしいでしょ?」と言いながらまた数枚の万札を抜いて自分の方へと移動させた。私は呆れるばかりで無言を通した。先輩芸人だったら「プリティさん!結婚しお子さんが生れたのにお祝いも上げてないから」と祝儀を出すのなら良いが逆に私のギャラに文句を言い奪ったのだ。結婚をして子供が生れたばかりで私が一番お金が必要だった頃だ。私は無言でその場を立った。「文句は無いよね。ここの会計は俺が持つから」と私の薄くなったギャラの入った袋を差し出した。「否!要りません。笠本さんに話をします」と出ようとする私に「受け取ってよ」と満面の笑顔でその人は言った。帰りの電車の中。千葉駅から市川駅に向かう時間が長く感じた。今日、議会からの帰り同じ快速電車の中で悲し過ぎるエピソードが走馬灯の如く蘇った。我が子は30を過ぎた。もう長い時が過ぎたのに頭の隅にあったのだろう。傍聴席に来ていたその人とはこれからも話をすることも仕事をすることもないだろう。頭の隅に仕舞込もう。彼は、私の反面教師になった。欽ちゃんは知る由も無いでしょうね。忘れていたので話すことも無かった。
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